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2025.10.07

【医師解説】鼠経ヘルニアは様子見NG?手術すべきタイミングと注意点

「足の付け根がなんとなく膨らんでいる。でも押せば戻るし、痛みもないから大丈夫かな…」

そんな症状から始まるのが鼠経ヘルニア(いわゆる“脱腸”)です。初期は軽い違和感だけで過ごせるため、「今すぐ手術する必要はないだろう」と考える方も少なくありません。

しかし実際には、放置すると症状が進行し、時には命にかかわる危険な状態に至ることもあります。この記事では、鼠経ヘルニアを放置するとどうなるのか、手術を受けるべきタイミングやリスクを医師の視点で詳しく解説します。


鼠経ヘルニアってどんな病気?放置されやすい理由

鼠経ヘルニアとは、腸や脂肪が腹壁の隙間から足の付け根(鼠径部)に飛び出す病気です。立ったときやお腹に力を入れたときに「ぷっくり膨らむ」のが典型的な症状で、横になると引っ込みます。

大きな痛みを伴わないことが多いため、

  • 「昔からあったから大丈夫」

  • 「違和感はあるけど生活できるから放置」

  • 「押せば戻るから問題ない」

と自己判断で様子を見てしまう方が多いのです。

しかし、鼠経ヘルニアは自然に治ることはありません。時間とともに膨らみは大きくなり、戻りにくくなります。やがて「押しても戻らない」状態へと進行し、リスクが一気に高まります。


手術しないとどうなる?進行の流れと危険性

鼠経ヘルニアの進行は、次のような段階を踏むことが多いです。

  • 初期:膨らみが出たり引っ込んだりする

  • 中期:膨らみが長時間戻らない/違和感や軽い痛みが出る

  • 後期:強い痛み・吐き気・嘔吐/押しても戻らない

特に恐ろしいのが「嵌頓(かんとん)」です。飛び出した腸が締め付けられて血流が途絶え、壊死や腸閉塞を引き起こす状態で、緊急手術が必要になります。

米国の研究では、放置された鼠経ヘルニアの約4人に1人が数年以内に嵌頓へ進行したと報告されています。計画的な手術に比べて、緊急手術は合併症が多く、入院期間も長引きやすいのが現実です。


実際に起こる合併症と緊急手術のケース

医療文献でも、鼠経ヘルニアを放置していた患者が急激な腹痛・嘔吐をきっかけに救急搬送され、小腸壊死のため切除手術を余儀なくされた例が報告されています。

また、男性では精巣への血流障害から不妊症につながるケース、女性では卵巣や子宮が巻き込まれるリスクもあります。

「今までは戻っていたのに急に戻らない」「膨らみが硬くて痛む」という症状が出たら、嵌頓の可能性が高く、時間との勝負になります。


高齢者は手術しない方がいい?判断のポイント

「高齢だから手術は危険では?」と不安を抱く方も多いでしょう。確かに全身状態によっては経過観察を選ぶ場合もあります。

しかし一概に「年齢が高いから手術はできない」とは言えません。

最近は局所麻酔での短時間手術も普及しており、70代・80代でも安全に受けられるケースが増えています。むしろ緊急手術になると体への負担が大きく、回復も難しくなるため、計画的な手術の方が安全な場合も多いのです。

大切なのは「年齢」ではなく「全身状態」です。心臓や呼吸器に大きな持病がある場合は手術を控えることもありますが、その際も定期的な診察でリスクをコントロールすることが重要です。


まとめ:いつ手術をすべきか?

鼠経ヘルニアは「痛みが少ない」ため軽く見られがちですが、放置すると合併症のリスクは確実に積み重なります。

気になる膨らみや違和感がある場合は「そのうち病院に行こう」ではなく、早めに専門医へ相談することが最も安全です。

大田大森胃腸肛門内視鏡クリニックでは、豊富な経験をもつ医師が、一人ひとりに最適な治療方針をご提案しています。

監修医師 大柄 貴寛

国立弘前大学医学部 卒業。青森県立中央病院がん診療センター、国立がん研究センター東病院大腸骨盤外科など、日本屈指の高度な専門施設、クリニックで消化器内視鏡・外科手術治療を習得後、2020年10月大田大森胃腸肛門内視鏡クリニック開院、2024年12月東京新宿胃腸肛門内視鏡・鼠径ヘルニア日帰り手術RENA CLINIC開院。

【参考文献】

  • ・Jenkins J.T., O’Dwyer P.J. Evaluating the Natural History of Groin Hernia from an “Unplanned” Watchful Waiting Strategy. Hernia.
  • ・Budhi A.T., Suarno T.F.I., Qurrohman T., et al. Neglected Inguinal Hernia Progressing to Strangulation. Cureus.
  • ・Rai S., Chandra S.S., Smile S.R. A Study of the Risk of Strangulation and Obstruction in Groin Hernias. Aust N Z J Surg.
  • ・Bouaké Univ. Team. *Prognostic Factors of Postoperative Morbidity in Strangulated Hernia. Tropical Surgery Journal.
  • ・[Bakırköy Hospital Study Team]. Risk Factors for Incarceration in Groin Hernia: A Prospective Observational Study. World Journal of Surgery.